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日本推理小説論争史

表紙

郷原宏『日本推理小説論争史』(双葉社)

■ すべての論争は推理小説に通ず。
 推理小説には名探偵が必要であるのか? 推理小説は芸術作品であるべきなのか? 日本推理小説界の父である江戸川乱歩が、大正12年に『二銭銅貨』で文壇にデビューして以来、推理小説(探偵小説)にまつわる数々の論争が巻き起こってきた。本書はそれらの論争の時代背景と経緯をまとめた評論集である。
 甲賀三郎と木々高太郎が、推理小説の芸術性に対して意見を戦わせた高尚な論争から、笠井潔が匿名座談会のメンバーに対して噛みついたやや低俗な論争まで、論争の水準にはバラツキがあるが、ミステリーファンにとっては興味深い一冊であろう。

 九つの章が年代順に並んでいない点については、初めは疑問を持ったが、これは読者に親しみがある最近の話題を冒頭に持ってくると同時に、論争の歴史を遡っていくという構成を意図したものらしい。

 推理小説を好む読者にとって、独創的なトリックが書かれているほうが良いことは当然である。しかし、そのトリックによってリアリティがなくなったり、犯人の行動が不自然になるのは論外である。
 トリックや奇想を重視すると、人間が書けていないと批判される。かといって、松本清張のように社会的テーマを前面に押し出したり、レイモンド・チャンドラーのようにハードボイルド色を強くすると、今度は本格派には物足りなくなる。

 乱歩や木々は、高い文学性を持った推理小説を創作する上で、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を手本とすべきと考えていたようだ。確かにこの世界屈指の文学作品は、「父親のフョードルを殺したのは誰か?」という謎をストーリーの終盤まで引っ張ることで、推理小説的な魅力をたっぷりと醸し出していた。
 裾野が広い推理小説の世界を、一義的にこうあるべきだと決めつけるのは無理がある。だが、推理小説を純文学の地位にまで高めようと奮闘した先人たちがいたことを、記憶に留めておきたいと思う。

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