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エラリー・クイーン完全ガイド

表紙

飯城勇三『エラリー・クイーン完全ガイド』(星海社新書)

■ エラリー・クイーンを愛するすべての人へ
 エラリー・クイーン研究の第一人者である飯城勇三氏が上梓した「クイーン入門書」。飯城氏は2005年にぶんか社文庫から『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』という本を出していたが、今回の『エラリー・クイーン完全ガイド』はそれとは内容が異なるようだ。『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』は書店はもとより、古本屋でも発見することができず、私は両者の違いを確認できていない。その点はご容赦願いたい。

 本書では、名探偵エラリー・クイーンが登場する全長編作品と、引退した俳優ドルリー・レーンが探偵役を務める〈悲劇四部作〉を、まだ未読の人向けに解説している。6つのコラムも面白く、読み応え十分だ。
 ミステリーファンの人なら当然知っていると思うが、〈悲劇四部作〉は当時バーナビー・ロスという別名義で発表された作品である。作者のフレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーの二人は、エラリー・クイーンとバーナビー・ロスという全く別の二人の作家がいるように錯覚させる“小芝居”をしていたのだ。

 日本で人気があるクイーン作品は、アンケート調査「東西ミステリーベスト100」によると、〈国名シリーズ〉の『ギリシア棺の謎』や『エジプト十字架の謎』、〈悲劇四部作〉の『Xの悲劇』や『Yの悲劇』などである。
 本国アメリカにおいてはどうかというと、上記の作品ももちろん人気はあるのだが、中期に書かれた〈ライツヴィルシリーズ〉の評価が高いようだ。本書のコラム2「クイーンはアメリカでどう読まれたか?」では、そのことについて触れている。

 ライツヴィルとは、ニューヨークの北部にあるとされる架空の町で、探偵のエラリーはたびたびこの町を訪れては難事件を解決する。〈ライツヴィルシリーズ〉の長編は、刊行順に『災厄の町』、『フォックス家の殺人』、『十日間の不思議』、『ダブル・ダブル』、『帝王死す』 、『最後の女』の6作品。特に初期の3作品を〈ライツヴィル三部作〉と呼ぶことがある。

 〈ライツヴィルシリーズ〉は、トリックを重視する〈国名シリーズ〉や〈悲劇四部作〉よりもドラマ性が強く、アガサ・クリスティーの作風に近い。私は『災厄の町』と『十日間の不思議』を傑作だと思っている。最近、ハヤカワ文庫で〈ライツヴィル三部作〉の新訳版が刊行されたので、まだ読んでいない人にオススメしておきたい。

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ヨルガオ殺人事件

表紙表紙

アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件〈上〉』(創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件〈下〉』(創元推理文庫)

■ 『カササギ殺人事件』の続編にして傑作!
 アンソニー・ホロヴィッツがまたやってくれた! 『カササギ殺人事件』で作中作の妙技を見せてくれたと思ったら、同じ形式の作品をこんなにも早く書き上げるとは……、いやはやホロヴィッツ氏の力量には恐れ入った。彼は現代最高のミステリー作家と表現しても過言ではないだろう。

 昨年の海外編ミステリーランキングでは、本書『ヨルガオ殺人事件』とホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』の評価が特に高かった。2つの作品とも――単なる偶然だとは思うが――失踪して生死が分からない女性の行方を、探偵役の女性が調査するという内容である。
 『自由研究には向かない殺人』は終盤に予期せぬ“どんでん返し”があり、ヤングアダルト向けミステリーの秀作だと思った。だが、『ヨルガオ殺人事件』の完成度はそれ以上である。『自由研究には向かない殺人』が大関級の力士なら、『ヨルガオ殺人事件』は横綱級の力士――それくらいの差がある。

 元編集者のスーザン・ライランドは、イギリスでホテル《ブランロウ・ホール》を所有しているトレハーン夫妻から、失踪した次女セシリーの捜索を依頼される。アラン・コンウェイが書いたミステリー小説『愚行の代償』が、セシリー失踪事件と何か関係しているということで、アラン・コンウェイを担当していたスーザンに白羽の矢が立ったのだ。
 スーザンはセシリーの家族やホテルの従業員たちから聞き込みを行い、解決の糸口を探すために『愚行の代償』を読み直す。上巻307ページから下巻245ページまで作中作の『愚行の代償』が挿入され、これをヒントにして現実世界の事件が解決される、という構成になっている。

 『愚行の代償』に登場する名探偵アティカス・ピュントは、ドイツからやって来たギリシャ系ユダヤ人という設定で、そのモデルはアガサ・クリスティが創造した名探偵エルキュール・ポアロである。
 仮にピュントをポアロに置き換えてみると、『愚行の代償』ではクリスティがあえてやらなかった“禁じ手”を使っていることになる。ポアロものをたくさん読んでいるミステリーファンほど犯人を当てられない。私は読者の先入観を利用した「トリック外トリック」にまんまと引っかかってしまった。

 『愚行の代償』に隠されたヒントというのも、多くの読者が無意識に読み飛ばしてしまう箇所に書かれていて、「ヒントって、そこかよw」と笑ってしまった。作者の掌で踊らされるこの感じ、嫌いじゃない――言い直そう、正直とても心地が良い。すべての本格ミステリーはこうであって欲しい。

 ひとつ気になった部分があるのだが、それはゲイの男性について悪意がある書き方をしている点だ。死んだミステリー作家アラン・コンウェイは、家族のことを顧みない“ゲス野郎”として描かれ、8年前の事件で惨殺された被害者のフランク・パリスも自分勝手な性格のゲイであった。まったくもって救いようがない。
 
 ポリコレ棒を振り回す人たちから非難されなければ良いのだが……。

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サラブレッドに「心」はあるか

表紙

楠瀬良『サラブレッドに「心」はあるか』(中公新書ラクレ)

■ シンザンはゴール板を知っていた
 競走馬の研究家である楠瀬良氏が『週刊競馬ブック』に連載していたコラムを、新書向けに編集した一冊。一般人が競走馬に対して抱く素朴な疑問を、Q&A方式で分かりやすく解説している。

 「サラブレッドに心はあるか?」と問われたら、「そりゃあ、確実にあるでしょう」と答えるしかない。動物は思考をしない、動物は心がない「自動機械」のようなものだと考える人は、キリスト教徒で心身二元論者だったデカルトぐらいだろう。
 身近な動物である犬や猫と触れ合っていると、世の中の薄情な人間よりも情愛に満ちているのが伝わってくる。賢くて繊細な動物である馬なら、犬や猫と同等か、それ以上に豊かな心を持っているのは間違いない。

 だが、馬はレースに対してどう考えているのか――これがはっきりとは分からないらしい。馬は人間の言葉を話さないので、質問してみることができないからだ。レースに出場している競走馬は、「何をしなければならないのか」「何を求められているのか」をちゃんと理解しているのだろうかと、競馬ファンならずとも疑問を持つ人は多いと思う。

 武豊騎手は「馬(の半分くらい)はゴール板を知っている」と考えていて、逆に岡部幸雄騎手は「馬はゴール板の意味を分かっていない」と考えている。どちらが正しいのだろうか。
 武豊騎手によると、コースを2周するレースの場合、1周目の4コーナーで加速したがる馬が多いらしい。そのときは「もう1周あるよ」と教えてやると、馬は「ああ、そうなのか」と理解してリラックスするそうだ。そういう話を聞くと、馬はゴール地点を知っているとしか思えないのだ。

 本書には馬の習性についての興味深い話がたくさん書かれている。たとえば、競馬場で数年過ごした後、繁殖牝馬として元の牧場に戻ってきた馬が、幼い頃に世話をしてくれた飼育員を覚えているケースはほとんどないという。
 何となく寂しい気持ちになるが、馬は過去を振り返らず、現在を生きている動物なのだろう。昔のことをくよくよと悩みがちな人間にとっては、ある意味羨ましい話である。

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第八の探偵

表紙

アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(ハヤカワ文庫)

■ 7つの短編ミステリーに仕掛けられたトリック
 アンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』は、アガサ・クリスティーばりの長編ミステリーを丸々作中作として織り込んだ意欲作であったが、このアレックス・パヴェージの『第八の探偵』も実に面白い試みに挑戦している。今年のミステリーランキングの上位に食い込むことが予想されるオススメ文庫本である。

 本作は、作中作になった7つの短編ミステリーと、その短編ミステリーを吟味する隠遁作家と若い女性編集者の対話で構成されている。7つの短編ミステリーは作中に登場する数学論文「探偵小説の順列」に基づいて書かれていて、「理論編」と「実践編」に分かれた『天城一の密室犯罪学教程』を彷彿とさせる。
 過去に発生した「ホワイト殺人事件」と、短編集のタイトル『ホワイトの殺人事件集』には何か関係があるのか?という謎が、物語の真相とともに明かされる仕組みになっている。

 私は作中作の7つの短編ミステリーを、「んー、つまらなくはないが、何だか微妙な出来だな」と思いながら読み進めていた。だが、「質があまり高くない」ということがある種の“伏線”になっていたとはね……ヤラレタ! これ以上書くとネタバレしそうなので、今回はここまで。
 ミステリー小説をラストから読む悪癖がある人に、この作品については「それだけは止めておけ」とアドバイスしておきたい。

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スタートボタンを押してください

表紙

D・H・ウィルソン&J・J・アダムズ編『スタートボタンを押してください』(創元SF文庫)

■ はじめに神は画面を創造された。
 ビデオゲームと小説の融合を試みたSF短編集。『All You Need Is Kill』の桜坂洋、『紙の動物園』のケン・リュウ、『火星の人』のアンディ・ウィアー、『リトル・ブラザー』のコリイ・ドクトロウといった、現在活躍中の人気SF作家たちが健筆を振るっている。『ゲームウォーズ(レディ・プレイヤー1)』のアーネスト・クラインが序文を担当。
 原書は2015年に刊行された"Press Start to Play"という本で、全26編の中から日本人好みの12編を厳選して収録している。翻訳されていない未収録の短編にも興味がある人は、原書を買うしかないだろう。

 本書はビデオゲームをモチーフにした作品を取りそろえているが、短編の登場人物たちは必ずしもビデオゲームをプレイしているわけではない。MMORPGやFPSをプレイしていて、ゲームの世界と現実の世界の境目が曖昧になっていく、という展開の作品もあれば、ゲーム的シチュエーションを文学に昇華させた作品もある。私個人の意見としては、後者のような少しひねったタイプのSF小説が好きである。

 本書のトップを飾る桜坂洋「リスポーン」は、生き返って再スタートするゲーム特有の死生観をテーマにした作品。おそらく日本人読者の間では一番人気がある作品だと思う。映画『マトリックス』の敵役であるエージェントが、ネオたちに殺されても殺されても別の人間に乗り移って襲ってくる恐怖を思い出した。恐怖を感じるのは襲われる側だけではなく、襲う側も気が狂いそうになるのだな、と妙に納得(笑)。
 肉体転移の話といえば、グレッグ・イーガンの短編小説「貸金庫」(ハヤカワ文庫『祈りの海』に収録)が傑作として知られている。「貸金庫」が《静》とすれば、「リスポーン」は《動》である。

 他には、ホリー・ブラック「1アップ」(死んだ友人が制作したテキストアドベンチャーゲームを解く話)や、アンディ・ウィアー「ツウォリア」(万能の能力を持ったコンピュータープログラムの話)が面白いと感じた。12編すべてを読めば、自分のツボにはまる作品が2~3編は見つかるはず。

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カササギ殺人事件

表紙表紙

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件〈上〉』(創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件〈下〉』(創元推理文庫)

■ ミステリー小説は、21世紀になっても進化する
 日本では毎年、宝島社が発行するムック本『このミステリーがすごい!』や『週刊文春』誌上の「ミステリーベスト10」コーナーなどで、その年に刊行されたミステリー小説のランキングが発表される。

 私はその中から自分の好み(本格物)に合うような作品を数冊選んで読んでいるのだが、ランキング上位の作品がすべて面白いと感じるわけではない。半数ほどの作品は、期待外れに終わってしまう。本格物を謳っているのにサスペンス色が強すぎたりすると、斜め読みに移行して、頭の中に内容が入ってこない。同業者や評論家の“絶賛の声”に騙されたと苦々しく思うことも多々ある。――「クソッ! こんな駄文に金を払うくらいなら、鰻丼でも食べに行った方がマシだったわ!」と、もちろんこんな下品なことを叫んだりはしないが、心にはモヤモヤとした感情が広がる。

 やたら面白いと評判になっていた『カササギ殺人事件』を書店で手に取る。紹介文には、「巨匠クリスティへの愛に満ちた完璧なオマージュ作品!」と書かれている。
 アガサ・クリスティ大好き人間の自分としてはすごく惹かれる……、でも上下巻あるし、騙されたときのダメージは大きい……、そんな期待と不安が入り交じった気持ちで、上巻をちびちびと読み進め、下巻に入ってからページをめくる指が止まらなくなり一気に読了。――本物の大傑作だった。

 エラリー・クイーンの『Yの悲劇』のような、死んだ人間が書き残した物語に犯人を特定する鍵がある、という筋書きは、ミステリーの世界では特に珍しくないが、小説内で抜粋という形で呈示される場合がほとんどである。本書のように長編を丸々一冊分載せるのは前例がなかったと思う。その小説内小説が傑作というなら尚更だ。
 小説内小説の『カササギ殺人事件』(上巻)だけでも、アガサ・クリスティの代表作を読んでいるような満足感に包まれる。『カササギ殺人事件』の結末部分を探す現実世界の物語(下巻)にも驚かされた。今後、オールタイムベスト100にリストアップされる可能性が高い作品であろう。

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ゲームウォーズ

表紙表紙

アーネスト・クライン『ゲームウォーズ(上)』(SB文庫)
アーネスト・クライン『ゲームウォーズ(下)』(SB文庫)

■ スピルバーグ監督が映画化!
 4月20日から上映が始まったSF映画『レディ・プレイヤー1』の原作小説。原題は映画の題名と同じ『READY PLAYER ONE』。『ゲームウォーズ』という題名は日本独自のものである。おそらく細田守監督のアニメ映画『サマーウォーズ』を意識して、『ゲームウォーズ』に改題したと思われる。
 外国の映画を日本で上映する場合、邦題をどうするかという問題がある。原題をそのままカタカナ表記にすることもあれば、日本人に分かりやすく、またインパクトがあるように題名を作り替えることもある。『The Apartment』→『アパートの鍵貸します』は後者の秀逸な例だろう。

 本作は西暦2041年のアメリカを舞台にしたSF小説だ。〈オアシス〉と呼ばれる仮想空間で活動する少年少女の姿を描いている。主人公のウェイド・ワッツはトレーラーハウスで暮らす下流階級の人間だが、〈オアシス〉の世界では凄腕のガンター(〈オアシス〉の創設者ジェームズ・ハリデーが隠した遺産を探すトレジャーハンターのこと)として活躍している。

 ある日、ウェイドは遺産の場所を示す最初の鍵「コッパー・キー」を世界で初めて手に入れ、一躍有名人になる。〈オアシス〉を管理する組織IOIは、ハリデーの遺産を手に入れようとしてウェイドに接触を計るが、ウェイドはIOIの勧誘を拒否。それ以降、ウェイドはIOIに命を狙われるようになる――というあらすじだ。

 ウェイドが「コッパー・キー」を手に入れたゲームは、なんとレトロゲームの『ジャウスト』。死んだハリデーは1980年代のポップカルチャーのオタクであった。彼の遺産を手に入れようとする者は、ハリデーが〈オアシス〉内に仕込んだコンピュータゲームを次々と攻略しなければならないのだ。『ゲームセンターあらし』や『ファミコンロッキー』といったゲーム漫画が好きな人なら、きっとこの小説を気に入るに違いない。

 さて、スティーヴン・スピルバーグ監督によって映画化された『ゲームウォーズ』、もとい『レディ・プレイヤー1』を観た感想だが、原作で「余計だな」とか「退屈だな」と感じた部分がすべて削ぎ落とされ、見どころ満載のスペクタクル映画に仕上がっていた。
 絵的に映えないレトロゲーム勝負を迫力満点のカーレース勝負に変え、個人vs組織の構図を抵抗勢力vs組織の構図に変え、ホラー映画『シャイニング』の世界を再現するというサプライズまであり、実に見事な脚本というしかなかった。未だ衰えることがないスピルバーグ監督よ、良い映画をありがとう!

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世界はなぜ「ある」のか?

表紙

ジム・ホルト『世界はなぜ「ある」のか? 「究極のなぜ?」を追う哲学の旅』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

■ 人類は「存在」の謎を解けるのか?
 17世紀末、ライプニッツによって定式化された哲学上の難問――「なぜ世界は存在するのか?」は、のちの時代の哲学者たちを悩まし続けてきた。ある者は「神」が根本原因だと説き、ある者は人間の理性が答えられる問題ではないから議論しても無駄だと考え、またある者は問いそのものが「無意味」だと一蹴する。この難問について明確に答えられた人間は、今までに一人もいない。

 私たちが住む地球には様々な物質があり、私たちの太陽系がある天の川銀河には1000億から2000億個の恒星があり、観測可能な宇宙には同じような銀河が2兆個もあるという。「なぜこのような宇宙が存在しているのだろうか?」と生まれてから一度も疑問に思わない人間はいないだろう。
 最もシンプルな常態は「何もない」、つまり「無」であるはずだ。しかしこの世界はそれに反して、銀河や恒星や人類が存在し得るように、まるで神がかり的な物理定数を持った宇宙として存在している。「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」――哲学者であり作家のジム・ホルトは、本書でこの究極の問いに挑んでいる。

 ホルト氏は本書を執筆するために、数多くの知識人にインタビューを行っている。哲学者のアドルフ・グリュンバウム、リチャード・スウィンバーン、ジョン・レスリー、デレク・パーフィット、物理学者のデイヴィッド・ドイッチュ、スティーブン・ワインバーグ、ロジャー・ペンローズ、作家のジョン・アップダイクと実に豪華な顔ぶれだ。
 彼らと対話を重ねながら、ホルト氏は「手紙による幕間 証明」のなかで、世界が存在している理由を、「論理的」に導き出す。「論理的」とは一体どういう意味なのか、それは実際に本書を読んで確かめて欲しい。おそらくホルト氏本人はこの答えに満足してはいないのではないか、と感じた。

 癌になった飼い犬を安楽死させたエピソードが途中で挿入され、最後の章で同じく癌になった母親を看取ったエピソードが語られる。多くの人がそうであるように、存在の謎を考えるきっかけとなるのは、身近な者の死である。
 私の祖父や祖母はもう亡くなってしまったが、世界は祖父や祖母が生きていたときと同じように存在している。それならば私が死んだとしても、世界は同じように存在しているに違いない。できることなら世界の実在性を外部から確認してみたいものである。

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マーチ博士の四人の息子

表紙

ブリジット・オベール『マーチ博士の四人の息子』(ハヤカワ文庫)

■ トリッキーなフランス・ミステリ
 重版出来されていた本書を書店で見かけたのでレビュー。物語の舞台は、アメリカの田舎町にあるマーチ医師の屋敷。その屋敷にはマーチ夫妻とその4人の息子、そして住み込みのメイドとして雇われたジニーが暮らしていた。
 ある日、ジニーは屋敷の中で「殺人者の日記」なるものを偶然発見する。その日記を書いた人物は、4人の息子のうちの誰かであるようだが、愚鈍なジニーは人物を特定できない。殺人者はジニーが日記を盗み読んでいることに気づき、彼女を精神的に追い詰める。

 本作は「殺人者の日記」と「ジニーの日記」が交互に並んだ構造になっている。「殺人者の日記」を読んだジニーの反応、「殺人者の日記」を読まれた殺人者の反応が積み重なり、驚愕のラストに行き着く。「4人全員の共犯」であるとか、「父親のマーチ博士の犯行」であるとか、読者がパッと思いつきそうなオチを超える、斜め上の結末が待っている。設定に不自然なところも感じるが、いいじゃないか、おフランス製のミステリだもの。

 本書の帯には「表紙からすでに仕組まれたトリック。見破れますか?」との宣伝文句がある。結末を読んだ後で表紙のイラストをじっと見てみると……トリック……トリックねぇ、意味がよく分からない。私にとっては、この文章の方が謎であった。

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真田三代

表紙表紙

火坂雅志『真田三代 上』(文春文庫)
火坂雅志『真田三代 下』(文春文庫)

■ 戦国の世を生き抜いた真田一族
 武田二十四将の一人に数えられる真田幸隆、武田信玄の奥近習衆に加わり武将としての資質を磨いた真田昌幸、そして大坂夏の陣で華々しく散った真田幸村。本書は戦国武将として名高い真田家の男たちの生涯を綴った歴史小説である。
 昌幸は幸隆の三男だったが、兄の信綱と昌輝が長篠の戦いで戦死したために家督を相続した。政治情勢を見極めたうえで次々と主君を変える昌幸の生き様と、昌幸を支えた息子の信之(信幸)と幸村(信繁)の活躍に酔いしれることができる。

 上下巻二冊とページ数的に読みやすい作品ではあるが、コンパクトにまとめたせいで関ヶ原の戦いから大坂の陣のくだりが極度に圧縮されている。明らかに分量不足である。文庫三冊分のページ数があれば、終盤をもっと濃密に書けたのではないか。
 池波正太郎の畢生の大作『真田太平記』と比較するのは酷かもしれないが、史実を追うことに精一杯で創作部分の人間ドラマが弱いように感じた。真田十勇士は登場するが、取って付けたような印象。いっそのこと、こうした架空の存在である忍者は出さないで、『真田太平記』との違いを鮮明にするという手法もあったと思う。

 幸村は大坂の陣で突如としてスポットライトを浴びた武将であり、それ以前の歴史的資料はほとんど存在しない。それゆえに作者独自の創作が物を言う人物である。本作では上杉家の重鎮・直江兼続との友情が描かれているが、本当にこんな出来事があったなら、直江は聖人に違いない。

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プロフィール

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