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江戸川乱歩と横溝正史

表紙   表紙

中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社)
内田隆三『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』(講談社選書メチエ)

■ お互いを意識し合った作家人生
 戦前から戦後の長い期間にわたり、日本のミステリー界を牽引した江戸川乱歩と横溝正史。今回は乱歩と正史の二大巨匠に焦点を当てた書籍を2冊紹介したい。

 1冊目は中川右介氏の『江戸川乱歩と横溝正史』。本書は二人の経歴と交友を詳細に書き表した評伝である。膨大な文献資料から事実と確認できるものをまとめている。乱歩は戦前に活躍した作家、正史は戦後に花開いた作家という漠然としたイメージがあったが、本書によって考え方を大きく改めることになった。
 戦前、雑誌の編集者と作家の二足の草鞋を履いていた正史は、筆の進みが遅い乱歩を励ましながら様々な名作を書かせた。戦後、評論活動に軸足を移した乱歩は、療養明けの正史をサポートし、偉大な「金田一耕助」シリーズが生まれるきっかけを作った。利己主義の傾向が強い作家が多いなか、こうした二人の関係性は特に珍しいと思う。

 同時進行で二人の作家人生をたどっていくと、乱歩と正史はお互いを支え合いながら良い作品を生み出そうと切磋琢磨していたことが読み取れる。「金田一耕助」シリーズの第1作目の『本陣殺人事件』について、乱歩はいくつか不満を漏らしているが、こうした批判を糧にして正史は『獄門島』や『八つ墓村』などの傑作を書いたのであろう。
 正史がいなければ乱歩は存在せず、乱歩がいなければ正史は存在しなかった。二人は親友であり、好敵手でもあったのだ。

 2冊目は内田隆三氏の『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』。こちらは乱歩と正史の作品を、社会風俗の観点から掘り下げた評論である。どちらかと言えば乱歩作品の分析に重点を置いている。
 乱歩の『屋根裏の散歩者』は、鍵が掛けられるアパートの個室が天井裏ではつながっているという日本家屋の構造的欠陥なしには成立しない作品であった。正史の『獄門島』については、家庭という意味での「家の悲劇」を寓話的に写し取っていると解釈する。

 乱歩の『陰獣』には自分自身をモデルにした大江春泥という探偵小説作家が登場するが、このことにより読者は大江=乱歩、つまり大江は男性であるという先入観を持つ。これは後に乱歩が「トリック外トリック」と呼んだメタ・トリックの手法であった。
 また、乱歩の最高傑作と目されている幻想小説の『押絵と旅する男』の分析では、三つの物語世界が入れ子構造をなしていることに着目し、語り手の不安定さを浮き彫りにしていく。いずれも興味深い論考であり、読書欲を刺激された。

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メガドライブパーフェクトカタログ

表紙

前田尋之『メガドライブパーフェクトカタログ』(ジーウォーク)

■ まさにパーフェクトなカタログ本!
 メガドライブ関連の全ハードと全ソフトを紹介した『メガドライブパーフェクトカタログ』が、先月の29日に発売された。B5判型の大判サイズの書籍で、オールカラーという贅沢な作りになっている。メガドライブカタログ本の“決定版”と言っていいだろう。
 2015年に増補改訂版が刊行された『メガドライブ大全』は、レビューの文章がおちゃらけた感じなので、それが気に入らないという人にオススメしたい。

 セガは任天堂のファミコンが発売された同じ日(1983年7月15日)に、家庭用ゲーム機のSG-1000を発売。翌年にマイナーチェンジ版のSG-1000IIを、さらに翌年の1985年にセガ・マークIIIを発売するが、圧倒的な人気を誇るファミコンの前では存在感が薄かった。
 1987年10月にファミコンのライバル機となるPCエンジンが登場し、セガは2つのマシンに対抗して、1年後の1988年10月に16ビットのCPUを搭載したメガドライブを誕生させた。いわゆる「ゲームハード三国時代」の到来である。

 メガドライブは1990年11月に発売されたスーパーファミコン(ファミコンの後継機)と性能面で比較されることが多い。同じ16ビットのゲーム機でありながら、メガドライブとスーパーファミコンは設計思想が大きく異なっている。
 メガドライブはCPUの処理速度を重視していて、アクションゲームやシューティングゲームが得意である。しかし同時発色数は512色中64色と少なく、グラフィック面で見劣りする。FM音源搭載で音質はややチープ。
 スーパーファミコンは表示色数、同時発色数ともに多く、グラフィックは鮮やか。PCM音源搭載で音質もメガドライブより上。しかしCPUの性能が低いため、シューティングゲームは劣化移植作品が多かった。シミュレーションゲームも苦手。ロールプレイングゲームが非常に多いのはこのためである。それぞれ一長一短があり、どちらが優れたマシンであるかは好みの問題だと思う。

 メガドライブソフトで私が一番印象に残っている作品は、カプコンの『大魔界村』である。この『大魔界村』はメガドライブとPCエンジンに移植されたが、スーパーファミコンには移植されなかった。カプコンは実におたんこなすである。
 えっ? スーパーファミコンには『超魔界村』があるじゃないかって?  『超魔界村』はアーサーの動きがモッサリしているところがねぇ……

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ゲームウォーズ

表紙表紙

アーネスト・クライン『ゲームウォーズ(上)』(SB文庫)
アーネスト・クライン『ゲームウォーズ(下)』(SB文庫)

■ スピルバーグ監督が映画化!
 4月20日から上映が始まったSF映画『レディ・プレイヤー1』の原作小説。原題は映画の題名と同じ『READY PLAYER ONE』。『ゲームウォーズ』という題名は日本独自のものである。おそらく細田守監督のアニメ映画『サマーウォーズ』を意識して、『ゲームウォーズ』に改題したと思われる。
 外国の映画を日本で上映する場合、邦題をどうするかという問題がある。原題をそのままカタカナ表記にすることもあれば、日本人に分かりやすく、またインパクトがあるように題名を作り替えることもある。『The Apartment』→『アパートの鍵貸します』は後者の秀逸な例だろう。

 本作は西暦2041年のアメリカを舞台にしたSF小説だ。〈オアシス〉と呼ばれる仮想空間で活動する少年少女の姿を描いている。主人公のウェイド・ワッツはトレーラーハウスで暮らす下流階級の人間だが、〈オアシス〉の世界では凄腕のガンター(〈オアシス〉の創設者ジェームズ・ハリデーが隠した遺産を探すトレジャーハンターのこと)として活躍している。

 ある日、ウェイドは遺産の場所を示す最初の鍵「コッパー・キー」を世界で初めて手に入れ、一躍有名人になる。〈オアシス〉を管理する組織IOIは、ハリデーの遺産を手に入れようとしてウェイドに接触を計るが、ウェイドはIOIの勧誘を拒否。それ以降、ウェイドはIOIに命を狙われるようになる――というあらすじだ。

 ウェイドが「コッパー・キー」を手に入れたゲームは、なんとレトロゲームの『ジャウスト』。死んだハリデーは1980年代のポップカルチャーのオタクであった。彼の遺産を手に入れようとする者は、ハリデーが〈オアシス〉内に仕込んだコンピュータゲームを次々と攻略しなければならないのだ。『ゲームセンターあらし』や『ファミコンロッキー』といったゲーム漫画が好きな人なら、きっとこの小説を気に入るに違いない。

 さて、スティーヴン・スピルバーグ監督によって映画化された『ゲームウォーズ』、もとい『レディ・プレイヤー1』を観た感想だが、原作で「余計だな」とか「退屈だな」と感じた部分がすべて削ぎ落とされ、見どころ満載のスペクタクル映画に仕上がっていた。
 絵的に映えないレトロゲーム勝負を迫力満点のカーレース勝負に変え、個人vs組織の構図を抵抗勢力vs組織の構図に変え、ホラー映画『シャイニング』の世界を再現するというサプライズまであり、実に見事な脚本というしかなかった。未だ衰えることがないスピルバーグ監督よ、良い映画をありがとう!

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PCエンジンコンプリートガイド

表紙

レトロゲーム愛好会『PCエンジンコンプリートガイド』(主婦の友社)

■ PCエンジンの歴史がこの一冊の中に!
 ファミコンを凌ぐ性能を持ち、アーケードゲームを好むコアゲーマー層から熱い支持を得たPCエンジン。本書はそのPCエンジンの全ソフトを掲載したカタログ本である。ファミコンソフトやメガドライブソフトのカタログ本はすでに出版されているが、PCエンジンソフトのカタログ本は、(本格的なものとしては)これが初めての出版ではないだろうか。HuCARD とCD-ROM の2種類のソフトの写真がバッチリ載っていて、レトロゲームファンなら興奮すること間違いナシだ!

 PCエンジンが発売された1987年の頃は、家庭用ゲーム機のゲームとアーケードのゲームにはグラフィック面において大きな格差があった。アーケードゲームを自宅で思う存分遊びたいと、ゲーマーたちは日々悶々としていたのだ。
 ファミコンには数多くのアーケードゲームが移植されていたが、そのほとんどがファミコン本体の性能に合わせて劣化していた。キャラクターが小さくなり、色数が減り、敵の数が減り、BGMが貧弱になり、その惨状はとても正視できるものではなかった。劣化移植作品をつかまされて嗚咽を漏らしたゲームファンは日本に何十万人といただろう。

 だが1988年3月に発売されたPCエンジン版の『R-TYPE』はゲームファンの度肝を抜いた。アーケードの人気シューティングゲームが、驚異のグラフィック力によって再現されていたのだ。私はボスキャラのドブケラドプスの迫力に圧倒され、「任天堂なんてダッセーよな」、「PCエンジンのほうが面白いよな」と叫びたくなってしまった。

 アーケードゲーム至上主義者の私は、ナムコが積極的に自社のアーケードゲームをPCエンジンに移植していたことに心を動かされたが、次々と周辺機器や新型機が発売されたため本体を購入するタイミングを逸してしまった。
 最終形態のPCエンジンDuo-RXが発売されたのは、初代プレイステーション発売の半年前。さすがのPCエンジンも、32ビット機のプレステにはかなわない。PCエンジンの後継機PC-FXをギャルゲー専用機にしたのは誰だあっ!!

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オリンピック・デザイン・マーケティング

表紙

加島卓『オリンピック・デザイン・マーケティング エンブレム問題からオープンデザインヘ』(河出書房新社)

■ エンブレム騒動の本質を問い直す
 2015年7月24日に発表された東京オリンピックのエンブレムと、それが撤回されるまでの騒動を覚えている人は多いだろう。デザイナーの佐野研二郎氏が制作したエンブレムは、TOKYOの頭文字である「T」をモチーフにしていたが、中央の黒い縦線が目立つ異様なデザインであった。インターネット界隈では、発表直後からエンブレムに対する異論が噴出していた。
「落選した他の候補作品を見せて欲しい」
「招致運動のときに使われたエンブレムの方がきれい」
といった意見が多く、佐野氏のエンブレムを歓迎する声は少なかったと記憶している。

 選考結果についてネット民がざわついていたところ、このエンブレムがベルギーのリエージュ劇場のロゴと似ているという話が広まり、ロゴ制作者のオリビエ・ドビ氏はIOCにエンブレムの使用差し止めを求める動きを見せた。同じ時期に佐野氏がデザインしたサントリーの景品(トートバッグ)のイラストに盗用があることが指摘され、「パクリ」疑惑はヒートアップ。次々と燃料が投下されて大炎上となった。

 8月5日、組織委員会は佐野氏本人と記者会見を行い、オリンピックのエンブレムは「T」と「円」を組み合わせたもので、「T」と「L」を組み合わせたリエージュ劇場のロゴとは全く異なることを強調。また、エンブレムは正方形を9分割した設計であることを示したうえで、「展開力」という言葉を使いエンブレムの独自性を主張した。しかし世論は納得せず、事態が収束することはなかった。

 8月28日、審査委員代表の永井一正氏が選考過程を説明し、エンブレムは佐野氏の原案を二度修正したものであることを明かした。ベルギーでの訴訟に備えてリエージュ劇場のロゴとの違いを明確にしておこうという思惑からだったが、今度は「出来レース」の疑いが強まることになった。
 さらに佐野氏の原案が、2013年11月に開催された「ヤン・チヒョルト展」のポスターの構図と酷似していることが発覚。これでもう組織委員会は耐えきれなくなった。「パクリ」と「出来レース」という2つの醜聞にさらされたエンブレムが撤回されたのは、その4日後であった。

 本書は前半で過去のオリンピックのエンブレムと広告ビジネスとの関係を整理し、後半で撤回されたエンブレムについて「パクリかどうか?」「出来レースかどうか?」という疑惑の核心に迫っている。
 筆者は2012年ロンドン大会のエンブレムを例に挙げ、エンブレムの「作り方」と「使い方」の混乱が今回の騒動を招いた原因であると考える。作り方を重視するデザイン関係者と、使い方を重視する広告関係者の意思疎通が十分ではなかった可能性があるというのだ。社会学の手法を用い、俯瞰的な視点から問題の本質を冷静にあぶり出している。

 「パクリ」と「出来レース」の疑惑については、追究する側と追究される側の双方の立場に立ったフェアな分析をしている。したがってクロかシロかはっきりと断定しているわけではないので、週刊誌的な暴露話を期待している人は物足りないと感じるかもしれない。
 もしエンブレム選考に関わった人々の間で何らかの“忖度”が行われていたとしても、その内幕が公表されることはないだろう。これからも永遠に。

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非売品ゲームソフト ガイドブック

表紙

じろのすけ『非売品ゲームソフト ガイドブック』(ゲームラボ選書)

■ 知られざるレアソフトの世界
 ゲームソフトを集めていると、どうしても気になるのが「非売品」のレアソフト。中古品を扱っているゲームショップで、ガラスケースの中にこれ見よがしに飾ってある“お宝”だ。
 非売品ソフトとは、雑誌の懸賞品、ゲーム大会の記念品、企業が配ったプレゼント品など、一般には販売されなかったゲームソフトのことである。当然ながら流通本数は少なく、ネットオークションでは数十万円の値段が付くものまである。所有しているとちょっとばかり自慢できるかもしれない。

 本書はファミコン、スーパーファミコン、メガドライブ、PCエンジン、プレイステーションなどの、各ゲーム機の非売品ソフトを写真付きで紹介している。パッケージと中身の写真のみでゲーム画面は載っていないものの、カタログとしての価値は高い。今までありそうでなかった本である。
 私はファミコンとスーパーファミコンの非売品ソフトについてはだいたい知っているが、その他の機種の非売品ソフトについては詳しくないので、非常に参考になった。

 といっても、スマホが普及した現在では、リサイクルショップでこれらの商品を安く手に入れる機会など皆無であり、「あ~、こういうレアソフトもあるんだなぁ」としんみり鑑賞するだけである。
 私はレトロフリークを購入した後、PCエンジンのHuカードのソフトが欲しくなり、中古ショップを回ってみた。しかしめぼしい商品はほとんど発見できなかった。どうやら円安時代になって、外国人にあらかた狩られてしまったらしい。
 悲しい。(´・_・`)

 ちなみに、ゲーム芸人のフジタさんは、600本限定の『タッグチームプロレスリング スペシャル』(箱・説明書付き)を持っていたが、番組で自宅を撮影した後にソフトが消えていたそうだ。借パクした奴は誰だよw

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「スター・ウォーズ」を科学する

表紙

マーク・ブレイク、ジョン・チェイス『「スター・ウォーズ」を科学する』(化学同人)

■ 素晴らしい、すべて間違っている。
 批評家とSWファンの間で評価が真っ二つに割れている新作映画『スター・ウォーズ エピソード8/最後のジェダイ』。「衝撃のスター・ウォーズ」という宣伝文句に釣られてレイトショーを鑑賞してきたが、旧三部作のファンが不快になるのも当然だと思わせる雑な脚本・演出だった。

・レイとフィンを恋仲にするのを避けるために、急遽登場させたアジア人のローズ。
・フォース(?)を使って宇宙空間から宇宙船に帰還するレイア。
・セイウチのおっぱいから緑色のミルクを搾乳して飲むルーク。
・「お前の考えはお見通しだ!」と豪語した直後に、腹を斬られて死亡するスノーク。
・カイロ・レンに首を絞められて、すぐに手のひら返しをするハックス将軍。
・今までのSW戦争の概念をぶち壊す「ハイパードライブ」による特攻。
 すべてがコントである。

 カイロ・レンがレイと交信する際に、意味もなく上半身裸で現れたシーンで、「ああ、これは監督のライアン・ジョンソンがふざけているんだな」と確信した。コントの流れ的には、次はズボンを脱いで現れるかなと思ったが、さすがにそこまではやらなかったw
 鷹の爪団VSデラックスファイターのような、バカ軍団VSアホ軍団の低レベルな戦いを見せられて、悲しまないSWファンがいるだろうか。昨年公開された『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』は、過去作のファンを満足させる手堅い作りだっただけに、『エピソード8』のお粗末さは不可解である。
 次回作の『エピソード9』は、またJ・J・エイブラムスが監督を務めるそうだ。風呂敷を広げるのは得意だが畳むのは苦手というエイブラムスがこのシリーズをどのようにまとめるのか、非常に気になる。ぜひ2年後も映画館に足を運びたい。

 今回紹介する本は、映画『スター・ウォーズ』の世界を科学的に考察した『「スター・ウォーズ」を科学する』。「デス・スターの建造費を試算する」、「ライトセーバーは本当に切れるか」など、SWファンの興味を引くトピックスが満載である。『空想科学読本』のノリに近いが、本書はそれよりも真面目で学術的な内容だと思う。

 『スター・ウォーズ』シリーズは宇宙物理学を無視した描写が目立つSF作品である。もちろん『最後のジェダイ』でも首をかしげる描写が多かった。宇宙空間で爆弾を上から“投下”するって、どうなのよ?

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セガ vs. 任天堂

表紙表紙

ブレイク・J・ハリス『セガ vs. 任天堂――ゲームの未来を変えた覇権戦争(上)』(早川書房)
ブレイク・J・ハリス『セガ vs. 任天堂――ゲームの未来を変えた覇権戦争(下)』(早川書房)

■ セガは、倒れたままなのか?
 日本市場ではセガが任天堂に勝ったことは一度もなかったが、アメリカ市場においては――短い期間ではあったものの――販売シェアでセガが任天堂を追い越したことがあった。任天堂がNESからSNESへの移行にもたついている隙を狙い、セガはジェネシス(メガドライブ)による攻勢で、任天堂ユーザーの切り崩しに成功した。これが俗に言う「ジェネシスの反乱」である。

 本書は1990年代前半の、SOA(セガ・オブ・アメリカ)とNOA(ニンテンドー・オブ・アメリカ)の熾烈な競争を振り返ったノンフィクションである。日本ではほとんど行われない「ネガティブ広告」や違法すれすれのスパイ活動などあらゆる手段を尽くして、巨人・任天堂に敢然と立ち向かった弱小セガの“生き様”を堪能することができる。

 38歳の若さでSOAのCEOに就任したトム・カリンスキーは、SOJ(セガ・オブ・ジャパン)の中山隼雄社長とともに、任天堂に支配されていたゲーム業界を変えるべく、様々な対抗策を打ち出していく。
 大きな柱の一つが、ジェネシスに『スーパーマリオブラザーズ』を超えるアクションゲームを投入することだった。その主人公がセガのマスコットキャラクター「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」である。
 SOJ側がファックスで送ってきたソニック案は、鋭い牙を生やしたちょいワルキャラのデザインであったため、SOAはSOJを説得してデザインを変更させた。フィリックス・ザ・キャットの顔にミッキーマウスの体をくっつけたらソニックが誕生したらしい(笑)。

 本書は無能で融通が利かないSOJにカリンスキーが苦悩するというスタンスで書かれており、セガが任天堂やソニーに負けたのは、SOAとSOJの軋轢が原因であったと匂わせている。
 カリンスキーはジェネシスを最大限伸ばすことに貢献したが、次世代機のセガサターンが失敗に終わり、カリンスキーはここが潮時とばかりにセガを去る。
 セガは結局、負けてしまう運命にあったのだろうか? セガが完全勝利した別の世界線は、一体どこにあるのだろうか? もしセガがゲーム業界の三つ巴戦争を制していたら、オリンピック会場で安倍総理はソニックのコスプレをしていた可能性もあったのだ(笑)。

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科学の発見

表紙

スティーヴン・ワインバーグ『科学の発見』(文藝春秋)

■ 近代科学はいかにして「発見」されたのか
 世界的な物理学者スティーヴン・ワインバーグが上梓した“挑発的な”科学の歴史書。中世まで続いた古代ギリシャの自然観から脱却し、近世の科学革命が達成されるまでの科学の発展を振り返っている。

 巻末の「解説」にもあるように、現在の科学的な知識で過去の科学の間違いを裁くことは「ウィッグ史観」(Wikipediaには「ホイッグ史観」の項目で記載されている)と呼ばれ、歴史の研究においては禁じ手とされている。
 太陽が地球の周りを回っているのか、それとも地球が太陽の周りを回っているのかという天文学上の問題は、天体望遠鏡が発明されるまでは明快な結論が出せなかったし、顕微鏡が発明されるまでは様々な病気の原因が分からずに、まじないのような医療行為が行われていた。それらを愚かだったと嘲笑うことは簡単だが、当時の文化や常識を理解する妨げとなる、と歴史学者たちは考えるのだ。

 ワインバーグはそういう批判を物ともせず、自然界の仕組みを理解するための正しい手法がどのように形成されたのか、という論点から科学史を構築していく。まさにウィッグ史観による科学史である。
 ワインバーグに言わせると、プラトンやアリストテレスの自然科学は「ポエム(詩)」に過ぎず、近世哲学の祖であるデカルトに対しても、科学分野においては間違いが非常に多い、と手厳しい。
 ノーベル物理学賞を受賞したワインバーグだからこそ許される、快刀乱麻の偉人斬り。徹底的な理系思考が楽しめる一冊。

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世界はなぜ「ある」のか?

表紙

ジム・ホルト『世界はなぜ「ある」のか? 「究極のなぜ?」を追う哲学の旅』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

■ 人類は「存在」の謎を解けるのか?
 17世紀末、ライプニッツによって定式化された哲学上の難問――「なぜ世界は存在するのか?」は、のちの時代の哲学者たちを悩まし続けてきた。ある者は「神」が根本原因だと説き、ある者は人間の理性が答えられる問題ではないから議論しても無駄だと考え、またある者は問いそのものが「無意味」だと一蹴する。この難問について明確に答えられた人間は、今までに一人もいない。

 私たちが住む地球には様々な物質があり、私たちの太陽系がある天の川銀河には1000億から2000億個の恒星があり、観測可能な宇宙には同じような銀河が2兆個もあるという。「なぜこのような宇宙が存在しているのだろうか?」と生まれてから一度も疑問に思わない人間はいないだろう。
 最もシンプルな常態は「何もない」、つまり「無」であるはずだ。しかしこの世界はそれに反して、銀河や恒星や人類が存在し得るように、まるで神がかり的な物理定数を持った宇宙として存在している。「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」――哲学者であり作家のジム・ホルトは、本書でこの究極の問いに挑んでいる。

 ホルト氏は本書を執筆するために、数多くの知識人にインタビューを行っている。哲学者のアドルフ・グリュンバウム、リチャード・スウィンバーン、ジョン・レスリー、デレク・パーフィット、物理学者のデイヴィッド・ドイッチュ、スティーブン・ワインバーグ、ロジャー・ペンローズ、作家のジョン・アップダイクと実に豪華な顔ぶれだ。
 彼らと対話を重ねながら、ホルト氏は「手紙による幕間 証明」のなかで、世界が存在している理由を、「論理的」に導き出す。「論理的」とは一体どういう意味なのか、それは実際に本書を読んで確かめて欲しい。おそらくホルト氏本人はこの答えに満足してはいないのではないか、と感じた。

 癌になった飼い犬を安楽死させたエピソードが途中で挿入され、最後の章で同じく癌になった母親を看取ったエピソードが語られる。多くの人がそうであるように、存在の謎を考えるきっかけとなるのは、身近な者の死である。
 私の祖父や祖母はもう亡くなってしまったが、世界は祖父や祖母が生きていたときと同じように存在している。それならば私が死んだとしても、世界は同じように存在しているに違いない。できることなら世界の実在性を外部から確認してみたいものである。

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